日々の日記帳のように始めたブログ。辛い日記を残す。
9月7日病院から、「もう一両日の命」との連絡で家内が駆けつけるも間に合わず。私も勤め先から駆けつける車中にて、訃報を聞く。個室に移るやいなや、午前10時02分、ろうそくの灯がふっと消えるような安らかな旅立ち。
車中で悲しみをこらえ、今後のスケジュールを頭の中で模索する。危篤で飛び出した為、車中より他界したことを勤め先に連絡。忌引き休暇をもらう。しかるべきところに連絡をする。
11時病院到着、看護婦の方々が、化粧を始めていた。家内も口紅を塗ったそうだ。生前と同じようにファンデーションで整えるそうだ。私や姉は両手の爪を切った。体温が冷たいものの感触はまだ柔らかかった。眠っているような穏やかな顔だった。
7月に肺炎で入院。当初は呼ぶと反応していたが、8月13日に意識レベルが低下し、今日に到る。2ヶ月足らずの入院生活(点滴)で、生命維持の処置はとらず、老衰であった。母への感謝は海よりも深い。冥福を祈る。
どうやら涙は車中で半分近く流れ出たようである…
翌日8日は友引の為、8日通夜、葬儀は9日。
家族葬とする。
記事はここらが限界…
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